2024年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

自己紹介

  •  東京都北区赤羽生まれで、赤羽育ち、赤羽幼稚園、赤羽小学校に通いました。 現在、古い民家をリフォームしています。
     全国の赤羽・赤羽根の地名の訪問と、赤羽緑道ガーデンコートの庭を造っています。 夢は、本に囲まれた家に住みたい。

    赤羽緑道公園 ガーデン コート

    赤羽紀行  (株)沼野商事

フォト

« 「あかばね」の 地名探しの旅は、目標の100か所目に向かっています | トップページ | 赤羽緑道公園のロウバイ »

赤羽図書館と川口市立中央図書館に

「あかばね」の地名を探す旅をしています。100か所目まで残り5カ所になりました。

先日、国会図書館で住宅地図の写しをいただいて、
現在は、角川書店 日本地名大辞典と㈱平凡社 日本歴史地名体系で市町村の歴史を調べています。

02_20240119173401

残りの5カ所は、山口県岩国市美川町南桑赤羽根、岡山県玉野市宇藤木赤羽根、
岩手県奥州市水沢羽田町赤羽根、西磐井郡平泉町長嶋赤羽根、香川県綾歌郡綾川町枌所西赤羽です。

その中で、唯一住居表示からなくなっているのが岡山県玉野市宇藤木赤羽根です。
2002年頃に市役所に確認をしたところ、現在住居表示からなくなっていますと聞いていました。

01_20240119173401

岡山県玉野市は、古くから干拓の歴史がありました。

岡山平野の南部一帯は、秀吉の高松城水攻めがあった天正10年( 1582年 ) 当時、
瀬戸内海に浮かぶ児島 ( 現在の児島半島 ) と本土との間に20余りの島々を点在させた美しい海でした。

1585年の宇喜多開墾に始まり、江戸時代寛永年間より慶応に至る約240年間に児島湾沿岸で、約6,800haもの土地が干拓により造成されていました。
天保元年~4年に赤羽根新田 三町四反余りが開発されました ( 児島湾開墾史 )。

場所は、常山駅、常山公園の南側辺りではないかと思われます。

 

« 「あかばね」の 地名探しの旅は、目標の100か所目に向かっています | トップページ | 赤羽緑道公園のロウバイ »

04.全国の赤羽を探して」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 「あかばね」の 地名探しの旅は、目標の100か所目に向かっています | トップページ | 赤羽緑道公園のロウバイ »

無料ブログはココログ