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自己紹介

  •   赤羽生まれで、赤羽幼稚園・小学校、早稲田実業中・高等部、早稲田大学社会科学部卒。  沼津のマルサン書店で修行後に正文堂書店に入社。多店化後に全て閉店。(株)沼野商事で奮闘中です。  東京北社会保険病院で、急性心筋梗塞のカテーテル治療を受けて戻ってきました。

    赤羽紀行  (株)沼野商事

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「東京都大田区馬込に赤羽がありましたよ」、と教えていただきました

 「東京都大田区馬込には赤羽がありましたよ。」 と教えていただいたのは、椋箚記 ( むくのき さっき )で、合気道とまち歩きを書かれている方です。
赤羽については、馬込の地名 赤羽 に詳しく書かれていました。

 近場の赤羽は、ほとんど見てきたつもりでいましたが、本当に有難い貴重な情報です。

 さっそく、馬込図書館に寄って調べました。


Map01_2

 大田区の文化財 第24集 地図でみる大田区 (1) 大田区教育委員会 の中の、東京郊外 荏原郡 豊多摩郡 全地図 大正末期の大田区付近 大正14年11月1日印刷 より、荏原郡馬込村に赤羽がありました。


Map02

 東京布荏原郡馬込町全図 昭和初期の馬込町 です。

 解説によると、かっての馬込村は大田区域内最大の村で、江戸時代からの一村が、明治以降の町村合併の際も、そのまま一貫して新しい村や町へと移行した と、書かれていました。


Map03

 馬込ふるさとめぐり 馬込地区青少年対策委員会 が作成している小冊子、まごめの字名地図 の裏表紙 にも赤羽の記載がありました。

 そして昭和7年、東京市周辺の5郡が東京市に編入された時に、町名地番変更が行われ、この時に、荏原郡馬込町の天沼、赤羽、後谷、霜田、堂寺、松原は無くなり、馬込町東四丁目になりました。

 赤羽があったのは、環七通りの北側で、第二京浜 (国道1号線) に分断された北馬込2丁目、東馬込1丁目あたりと思われます。

 せっかく赤羽を教えていただきました。
教職を停年退職した品川区戸越に住む友人に、この話をしたら、「馬込あたりに住んでいる後輩がいるので、赤羽を知っている人を探してもらおうか。」と、なりました。

 赤羽探しの嬉しい輪が広がっています。
 

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04.全国の赤羽を探して」カテゴリの記事

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