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自己紹介

  •   赤羽生まれで、赤羽幼稚園・小学校、早稲田実業中・高等部、早稲田大学社会科学部卒。  沼津のマルサン書店で修行後に正文堂書店に入社。多店化後に全て閉店。(株)沼野商事で奮闘中です。  東京北社会保険病院で、急性心筋梗塞のカテーテル治療を受けて戻ってきました。

    赤羽紀行  (株)沼野商事

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「赤羽紀行」の歩み、「赤羽風暦」の中の「赤羽を探して」から、「赤羽紀行」に

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 「赤羽紀行」の前身は、「赤羽を探して」が最初のタイトルで、東京都北区赤羽を紹介する「赤羽風暦( あかばねかぜごよみ)」の中の一部でした。

 昭和59年5月、群馬県館林市に、赤羽があることを見つけてから、当時はインターネットなどまだ普及していない頃なので、地図とにらめっこをしながら探していました。

 埼玉県さいたま市西区の赤羽根神奈川県厚木市の赤羽根埼玉県北足立郡伊奈町の赤羽と、地元東京都北区赤羽を一緒に作り上げて、2002年9月に発信を開始しました。

 この頃、古墳に興味を持っていましたので、前方後円墳に魅せられて と、静岡県熱海市網代を紹介した網代だよりを、別のサイトで作っていました。

 静岡県熱海市網代は妻の実家で、私と子供達は、海と山のある故郷の田舎暮らしを満喫していました。

 網代港の堤防でアジ釣り、漁師で義理の父にベカで連れて行ってもらった初島、網代湾内での鯛釣り、飯蛸釣り、お囃子が小気味良い阿治古神社例大祭、浜辺に寝転んで見上げる花火大会白い灯台などを網代だよりに書き綴ってきました。

 今年は長男と次男が、阿治古神社例大祭を写しに行きます。

 「赤羽風暦」は、2005年4月、全国の赤羽・赤羽根を訪ね歩く赤羽紀行をメインにして、タイトルも変えました。

 この頃には東京都北区の赤羽を含め、初めての赤羽を見つけた群馬県館林市から数えて20ヶ所を訪ねていました。

 2011年7月に、全国の赤羽・赤羽根を訪ね歩く赤羽紀行 をリニューアルすると共に、今まで別々にしていた網代だより前方後円墳に魅せられてを一緒にしました。

 現在の赤羽・赤羽根は、兵庫県神戸市西区伊川谷町潤和の赤羽で、36ヶ所目になりました。

 全国に赤羽・赤羽根は、まだ沢山あります。赤羽紀行で、赤羽の素敵な旅人気分を味わってください。

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