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自己紹介

  •   赤羽生まれで、赤羽幼稚園・小学校、早稲田実業中・高等部、早稲田大学社会科学部卒。  沼津のマルサン書店で修行後に正文堂書店に入社。多店化後に全て閉店。(株)沼野商事で奮闘中です。  東京北社会保険病院で、急性心筋梗塞のカテーテル治療を受けて戻ってきました。

    赤羽紀行  (株)沼野商事

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国立科学博物館にティラノサウルス・"スー"の全身複製骨格が

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 国立科学博物館にティラノサウルス"スー"の全身複製骨格がやって来ました。
化石に名前が付いているのは、何故だか興味深々です。 

 "スー"は、1990年8月、アメリカのサウスダコタ州で発掘され、発見者のスーザン・ヘンドリクソンの名前から"スー"と名付けられました。
ティラノサウルスは今から6,500年前の白亜紀に生息していました。

 全長12.8m、体重およそ10トンの "スー"の発見によって今までの常識が変わりました。
体の一部が傷ついていることと、骨が折れて直っていることです。
それは、ティラノサウルスが単独ではなく、家族などの単位で行動していたらしいと推測されるのです。

 そして"スー"は数奇な運命に振り回され始めます。
化石調査中の1992年、土地の所有者の訴えでFBIが研究所から化石を持ち出しました。
何とその後、サザビーズのオークションで、1997年760万ドルの高値で落札されました。

 当時の地球で生物界の頂点に立っていた恐竜・ティラノサウルスは全て滅んでしまい。
現在はその子孫と考えられている、より小型の鳥類が生き残っています。

 これは、人類にも当てはまります。
生きものの頂点として奢ることなく、「他の生き物と共に生きている」ことを考えさせられました。

湘南国際村センター・合宿研修

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 トンビが舞う青い空の下、湘南国際村センター の合宿研修も3回目になりました。
小高い丘、ゴルフ場の跡地を住宅地と研修施設が建ち並んでいます。向かい側には地球環境戦略研究機関もあります。
 参加者約30名、初日は主催者の鈴木大吉先生が絶賛している、「これがバカ売れネットショップだ」の著者、山田雅彦氏による講習でした。
新刊書の「顧客がドンドン集まるホームページの作り方」をテキストにして、ホームページの内容についての説明でした。
 鈴木大吉先生からも何度か話されている事もあり、大切なことは同じです。

 次に倶楽部のメンバーである、梶間公認会計士事務所の梶間栄一氏による「中小企業社長のための実践キャッシュフロー経営」についてです。
「儲けの法則」と「お金の残し方」を伺いました。

 翌朝、散歩をしていた時、庭木に水をやっている外国の方から日本語で「お早うございます」と声を掛けられました。
 横須賀市湘南国際村一丁目はヨーロッパ調、南欧風、日本瓦の和式住宅など個性的な建物と、綺麗に手入れされている木々のある庭、高級外車などで溢れています。 

 二日目、中小企業診断士の矢向直人氏による「成功する売り方、マーケティングの実践的な手法」をききました。
矢向直人氏も倶楽部のメンバーで、銀座八丁目で高級ふぐ料理専門店「銀座鳴門」の代表です。
 3万ドル倶楽部倶楽部のメンバーが講師を務めるなんて、心強いものです。

 メンバーが悩み努力して成功しているいる姿は、私の活力の源になりました。今年も葉山は燃えていました。

 

東京ディズニーシーに「人生は 素晴らしき 冒険旅行」の言葉を見に

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 東京ディズニーシーに初めて行きました。
 環七通りは混みそうなので、赤羽から明治通りを行きました。1時間30分位で着くと、東京ディズニーシーは平日にしては空いていました。

 午前中だからなのか、5月の連休疲れなのでしょうか、それとももう一つの理由なのでしょうか。予定していたアトラクションの殆んどを乗ることが出来ました。

 一番気に入ったのは、ロストリバーデルタの「インディ・ジョーンズ・アドベンチャー:クリスタルスカルの魔宮」です。主人公になった気分で、はらはらドキドキしていました。

 次は、ミステリアスアイランドの「センター・オブ・ジ・アース」です。地底から突然山の峰を突き破るように飛び出していくシュチィエーションには興奮しました。

 そしてアラビアンコーストの「マジック ランプ シアター」、ポートデスカバリーの「アクアトピア」などです。
アラビアンコーストの「マジック ランプ シアター」以外は二回も乗ってしまいました。しばらく来られなくても思い残すことは無いでしょう。
 午後2時過ぎにユカタン・ベースキャンプ・グリルで昼食を食べました。

 東京ディズニーシーでの一番の収穫は、アトラクションに乗ったことではなくて、ミステリアスアイランドの「センター・オブ・ジ・アース」の出口に書かれていた「人生は 素晴らしき 冒険旅行」という言葉でした。

 今日はこの言葉だけを見られただけで、充分に満足しました。感激してしまいました。
それは、東京ディズニーシーに居るからかもしれません。ここの雰囲気がとても良かったからでしょう。

 ウオルト・ディズニーの人生観を教えていただきました。

 


 

2005年 赤羽八幡神社・赤羽代参講、古峯神社に参拝、百周年に

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 栃木県鹿沼市の古峯神社参拝に行きました。
 参加46名を乗せたバスは、赤羽を朝7時50分に出発し、東北自動車道を北上して2時間30分余り、順調に古峯神社に着きました。
 建物内に天狗と、からす天狗のお面も奉納されています。

 参拝の最後に古峯神社の宮司様より赤羽代参講が百周年を迎えたことの表彰を受けました。突然の事でした。
代表幹事もそのくらい経っだろうと考えていたのでしょうが、今年だとは思っていなくて参加者は感激していました。

 明治36年に赤羽に起こった大火で、赤羽のほぼ4分の3を焼失し、それをきっかけに火防せの神様・古峯神社にお参りする赤羽代参講が始まったと言われています。

 八幡神社の境内に古峯神社が祀られています。 
今回は八幡神社の宮司様も参加されていました。感激もひとしおでしょう。
 
 その後蔵の町喜多方を散策して、会津日中温泉に泊まりました。温泉の源泉は空気に触れると変色して泥色になります。
 翌日はあぶくま洞を見学して、小名浜で昼食と買い物、何事も無く帰途できました。

ちょこっと 献血に

 少し時間が取れたので、池袋まで歩いて献血をしてきました。
 赤羽駅西口から弁天通りを進み坂を上がると西が丘、国立サッカー場と国立スポーツ科学センターの横を通り過ぎ環七通りを越えると旧中仙道です。ここは一方通行で車の台数も少なく、街並みが落ち着いています。
石神井川に掛かる板橋あたりからの商店街が活気付いていて道中一番の楽しみな道です。
その後国道17号線を越え、東武東上線上板橋駅横の踏み切りを渡っていきます。
川越街道を渡り、平和通りを歩いてもう池袋です。

 歩く途中で何人かの知人と立ち話をしましたが、所要時間はほぼ1時間30分ぐらいでした。順調です。
 献血は池袋の"献血ルームぶらっと"で、体に負担の少ない成分献血をしました。
場所柄なのか女性の方が多いのです。「男子よもっと頑張れ!」心で叫んでいました。
 不覚にも(?)献血中にうとうとと寝てしまいました。

 司馬遼太郎の"竜馬がゆく"の三巻目を読んでます。血湧き肉踊る小説を実感しています。

2005年、東雲キャナルコートCODAN 最終6街区を見に

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 東雲キャナルコートCODANの最終6街区がまだ募集していると聞いて見に行ってきました。

 有楽町線「辰巳」駅から徒歩10分。りんかい線「東雲」駅から徒歩13分の立地です。6つの街区に約2,000戸のデザイナーズ賃貸住宅が構成されています。

 1~4街区の低層部には、コンビニエンスストア・クリニック・保育園などの施設が出来ています。また隣接地にイオングループの「イオン東雲ショッピングセンター」もオープンしていました。

 3棟からなる6街区はすっきりとした外観で、メゾネット・在宅ワーク型(SOHO)住宅など多彩なライフスタイルに対応出来そうです。2階部分に高齢者関連施設(デイケアセンター)も予定されています。

 今募集中のお部屋は、2LDK(メゾネット)専有面積69.61㎡ 月額賃料 169,400円~2LDK専有面積74.28㎡ 月額賃料 189,200円 共益費8,400円までありました。もう残りは20部屋弱です。

 昭和30年代に出来上がった赤羽台団地も当時は、きっとこんなイメージだったろうと思い浮かべています。
 

久し振りのボーリング

 三恵ボール赤羽で、午後8時からのボーリング大会に参加しました。
赤羽のボーリング場もここだけになlりました。
 参加80名、2ゲームの合計点数で競います。久々なので各ゲームとも、何とか100点を越えるのが精一杯でした。勿論、真っ直ぐにしか投げられません。
ハンデが無くて32位でした。まあまあでしょう。
 明日はきっと体が痛くなりそうです。

 司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読み始めました。徳川家康を読んでから、江戸時代の終わりに一気に進みました。展開が小気味良いです。

今日は一日運転手

 ワールドホビーフェスティバル05/05/05が東京ビックサイトで開催されました。
息子達三人が作った会社が作品を販売するというので、商品などの配送の手伝いをすることになりました。
 朝7時30分頃に出発、赤羽から122号線・明治通りと判り易い道が続いています。臨海副都心線「新木場」駅を過ぎて右に曲がると東京ビックサイトに行きます。行程小一時間位でした。
 途中亀戸を通りますが、ここは大学生の頃に足繁く通った思い出があります。
 展示物はガレージキットやTOYの展示即売会です。
広い会場内に思い思いの作品が所狭しと並んでいます。
顧客層は10代~30代でしょう。価格も安いものから数万円の物もあります。
価値観が判らないと付いていけません。
 赤羽のおもちゃの玉屋さんも出店していました。
安く販売していましたね。
処で、息子達三人が造った商品の売れ行きはどうでしょうか。
返事は何事も勉強という事でしょうか。

 徳川家康・文庫版26巻読み終わりました。
「すべては預かりもの…」という思想に納得し、少しは遠慮と思慮深くなったと本人は思っていますがどうでしょうか。
 
 

網代は釣り日和です  (2016年、堤防での釣りは禁止になりました)

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 次男から釣りに行きたいと言われていたので、休みを利用して熱海市網代に出かけてきました。

 連休の初日朝5時30分に赤羽を出発、もう首都高速の竹橋あたりと、東名高速道路・町田ICからの渋滞が発生していました。

 どんな釣りがしたいか。二者選択をすることにして選ばせました。
 1.釣るのは難しくても、食べて美味しい魚を釣る。
 2.釣れれば小さな魚でもいいので、釣る感触を楽しみたい。

 1.番を選びましたので、前に一度だけ釣ったことのあるシロギスに決めました。

 網代湾内は岩礁と砂地が入り混ざっています。砂地は岸から少し離れていますので、投げ釣りの仕掛け…ジェット天びんとエサに身持ちの良い青イソメ…をいつもの山本釣具店に買いに行き、最近の釣果と釣り場所を教わりました。

 案の定、白灯台付近は釣り客で一杯です。考えていた通り、魚市場のあたりで投げてみました。
天気は曇りですが、時々日が差します。海からの向い風で中々思うように仕掛けがポイントまで届きません。
 でも型の良いシロギスとメゴチが息子の竿に掛かりました。おまけに小さな青いヒトデも針に掛かっています。
3時間余りの時間があっと言うまに過ぎてしまいました。

 帰り際に網代の釣り名人で、私の師匠である大曽根さんと会えて新たな情報も得ました。
 次回の楽しみがまたひとつ増えました。

 網代だよりをご覧ください。

「タナカヒロシのすべて」の撮影に使えるマンションはありませんか

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 平成15年11月、「マンションで映画の撮影に使えるお部屋がありませんか?」と依頼がありまして、色々と探し回り映画好きなオーナー様のマンションを短期間お借りすることが出来て、翌12月に撮影が行われました。

 タイトルは「タナカヒロシのすべて」で、サンダンス・NHK国際映像作家 2003入選作品です。
 監督・脚本は田中誠氏で、サブタイトルは、"日本一不器用な男のちょっとだけいい話"とあります。

 配役は主演のタナカヒロシ役・鳥肌実、 お母さん・加賀まりこ、 お父さん・上田耕一、 会社の上司・高橋克実、 弁当屋の娘・ユンソナ、 友人田辺・宮迫博之、 看護婦さん・小島聖、俳句の会の女の子・市川美和子、 俳句の会の先生・ 伊武雅刀、そして猫のミヤコ。

 撮影の現場に来られたのは、鳥肌実さん加賀まりさんそして猫のミヤコでした。ユンソナさんや小島聖さんが来ると良かったのにと思っていましたが、弁当屋さんも無いし、看護婦さんも来る理由が無いですね。

 そしてその映画の公開が決まりました。平成17年5月14日(土)より渋谷シネクイント他全国順次ロードショーされます。
 私も見に行きます ! 皆さんも、よろしければご覧頂いて感想など聞かせてください。

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